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ベッド上安静〜明けない夜はない〜
0:00きっかりに、なんとも誇らしげな表情を浮かべる看護師が、カーテンを割って入ってきた。
手にしているデカい懐中電灯、アレどこかで見たことがある……ずっと気になってたんだよね。
ネズミの国のモンスターズインクでMマークを照らすアトラクション!
のライト。
あースッキリした。
「某山さん!自由に寝返りしていいですよ!」
立ち上がったり、ベッドから下りなければ体を起こしてもいいそうだ。
立ち上がる気力なんてあるものか。
「ふぁぁぁ、よかったぁぁ……」
血圧はやっと80台(上)に到達。
鼠径部を曲げるのはまだ不安で、すごく妙な体勢でしかいられない。それでも絶対安静よりはまだマシで、腰の運動でもするみたいにバタバタと寝返りを打ちまくって朝を待つ。
心臓というより、喉のあたりに拍動を感じる。トトトトトト、となってすぐ消える。期外収縮?朝に近づくにつれて増えていく。まだ心臓が安定しないのかもしれない。
5:00ごろ、男性看護師(名前失念)が様子を見にきてくれた。
「どうですかー」
「腰が痛い。眠れない」
まるで呪文のように、これしか言えない。馬鹿の一つ覚えとはこのことか。
「長い時間頑張りましたもんね、ほんとみんな賞賛してます」
この病院のアブレーションオペの、彼が知る中では最長記録だそうだ。
今までは6時間ぐらいが最長で、ネットの下調べでも「2〜6時間と個人差がー」なんて書かれていたっけ。
9時間、心拍数を上げられたり心臓の中焼かれたりしていたと考えると、確かによくやった。9時間なんて開胸オペ並みじゃないか(流石にそこまでいかないか)。
6:00になったら部屋の電気をつけるから、もう少し待っててほしいとのこと。でもなんだか急に眠くなって、気づいたら6:30、看護師さんが起こしに来た。
傷口チェック〜誰だあんた〜
早朝採血は女性看護師、体温血圧は朝方の男性看護師。
- 血圧 90台
- 体温37.7度
血圧は少しずつ上がってきているが、熱が下がらない。
7:00過ぎに、見たことのない先生が傷の消毒に来た。もしかしたら昨日O先生とタッグを組んでいた先生かもしれない。
オペ中はキャップとマスクとメガネで顔なんて分からないから、お礼も言えない。その先生は非常に無愛想な方だった。
アフリカの少数部族のお面の方がまだ可愛げがある。
持っている消毒用の長い綿棒が槍に見えてくる。槍の先で消毒し、白い絆創膏で傷口をカバー。
「導尿チューブ抜いちゃいますね」
男性看護師曰く、普通は医師から歩行の許可が降りて、看護師とともにトイレに行き、晴れて安静解除だそうだ。だか槍を持った先生は何も言ってくれなかった。
男性看護師に導尿チューブを抜いてもらうとこになるとは思いもしなかったが、チューブ入れっぱなしも動きにくくて嫌だったのでやむをえん。
「T字帯は持ち帰る方もいるので好きにしてくださいね」
丸一日お世話になったT字帯とペットシーツみたいなものを丸めてゴミ箱へ捨てた。
待てよ、パンツは履いてもいいのか?訊き忘れた。いや、でもこれから朝食だしノーパンでいるのもアレだよね、おりものも心配だし。
ということでバルタン星人のボクサーパンツを履いた。
朝食〜皆の者、飯じゃぁ!〜
待ちに待った朝食。
なんというか、ガツンとした感じがない献立だった。
- ご飯
- がんも煮2個
- 酢の物
- 長葱とシメジの味噌汁
- 牛乳
- しば漬け
とにかく腹を満たしたい一心で、物凄い速さで平らげてしまった。ガンモ煮をおかずにして白いご飯を食べきるなんて、そんなことができるとは……。
空腹って恐ろしい。
膳を下げにきてくださった看護師のIさんに、着替えのことについて尋ねる。
もう術衣ではなくパジャマでもOKとのこと。ポータブルの心電図は外してくれて、温タオルを持ってきてくれた。オシモ拭き用に、暖かい紙タオルも。
オペ中汗まみれになった術衣とはオサラバだ!
術後検査〜予想以上にへっぽこ〜
一日中横になっていたい、と思うぐらいには全身が怠い。微熱のせいもあるかもしれない。喉の違和感はまだあるが、どれも術後よくあることだと思って気にしないことにした。
10:00をまわり、検査室に心電図とレントゲンをとりにいくことになった。
4階までエレベーターでおりるとはいえ、鼠径部の傷は歩くと痛むし、体がダルオモで動きたくない。が、仕方がない。
預けてあった診察券を首にさげて出発した。
エレベーターまで行って引き返す。引き出しの鍵を持ってき忘れた。慌ててちょっと早歩きで病室に戻ろうとするが、とても息苦しい。でも財布が心配だったので急いで取りに戻る。
4階におりて心電図の受付。伝票が打ち出されるまでの間、立っているのもなかなか辛くて壁に寄りかかる。
外来患者の検査も行われている時間帯だ、廊下のソファで待たされる。普通に座っていられなくて、ソファの端に横向き座ると体を横に倒し、背もたれに頭をのせてしのぐ。
今日に限って心電図室の最奥に案内される。明らかに歩くのが遅い私を見て「ごめんなさいね、遠くて」と技師さんざ謝っている。
測定が終わり胸の痛みの有無を問われる。
「痛いというか、重りを載せてるような感じで苦しいです」
「車椅子用意します?」
車椅子……待てよ、自分で運転して行くんだろ。勤務している病院でも、病院が貸し出している車椅子をご自身で動かしている方をよく目にする。
「ああ、レントゲン終わっても辛かったら考えます」
大丈夫です、と頭ごなしに強がる元気は残っていなかった。
同じフロアにあるレントゲン検査の受付を済ませる。やはり外来患者さんが多く混雑している印象。整理番号を見ると少し時間がかかりそうだったのでトイレに寄る。
和式洋式1つずつのトイレ。洋式が空いててよかった!和式に入ったらしゃがんでられないだろう。
そのまま流されて消えてしまう気がした。
ジャァァァァァ。
朝から気づいていたが、頭を下げる(冷蔵庫を開けたり靴を揃えたりする)と胸が痛い。
レントゲン検査もしばらく待ち、ヘロヘロになりながらエレベーターホールに向かう。入院患者と職員用のエレベーターを待つが、なかなか上がってこない。私とドクターの2人、待ち続ける。
やっときた!と思ったら結構な人数乗っていて、タイミングよく?悪く?隣のカテ室からベッドが出てきた。
「乗りまーす」
ベッドが優先のエレベーターなので、皆一度おりてベッドを入れる。そしてなぜか患者よりもスタッフが先に乗り込んで行く。一緒に待っていた先生に続いて乗ろうとしたが「え、乗るの?」という視線を感じた。
「あっ、次のを待ちます……」
具合の悪さが数字で表示されるバッジでもあればいいのに。
すると一緒に待っていた先生も「私も」と言っておりてきた。扉が閉まるタイミングで背後から「ポーン」とエレベーター到着の音。とても空いているエレベーターがきた。
「急いで乗らなくてちょっと得しましたね」
ニコニコの男性医師にそう話し掛けられた。
何1つ得などしておらん💢
1秒でも早く病室に戻って横になりたかった。
「そうですねぇあははは」
私は大人だ。そう思うことにする。なにしろこの先生は悪くない。
11:30ごろ、看護師Cさんが血圧などを測りにきた。
- 血圧:108
- 体温:37.7度
むむむ、熱が下がっていない。動いたからだろうか。
病室がある8階の空調の調子が悪く、室温が上がっているらしい。そのせいもあるのかもしれない、と考えることにした。
食欲はあるが、喉のあたりにトトトトと脈打つ感じがあったり、胸の苦しさもあることを伝える。
「期外収縮は、朝までの心電図モニターには出てなかったけど、また付けておきましょうか」
ということで、再びポータブル心電計を装着することに。
「お風呂は無理だけど髪だけでも洗います?」
「いや、今日は……明日入る時間あります?」
明日には退院できるつもりでいるから、時間が気になった。
「大丈夫ですよ、もし気が変わったら今日に変えても大丈夫ですし」
頭を洗う姿勢もなにもかもに耐えられる気がしなかった。
- あんかけそば
- 野菜餡
- 焼き餃子2個
- ミカン入牛乳羹
面会〜意外な顔が〜
外来で働く看護師のMさんは、長男・次男ともに同級生の子どもがいて、子ども同士も仲がよく、今回の不整脈に関しても知っていた。
昼過ぎ、彼女が病室に顔を出してくれた。これから授業参観なので午後半休なんだそうだ。
「何かあったら聞いとくから!あとで連絡するね」
ありがたい。昨日の手術が予想以上に長時間になったことに驚いていた。
面会時間は15:00から。
「某山さん、面会の方がいらっしゃってます」
親が来るとは聞いていたが、こんなに早くくるとは。ん?違う、違うぞ?!
「んぁっ?!」
「おお、えらい病人ぽいやないか」
バンドで15年ほど一緒に遊んでいるYさんだった。今朝LINEで手術のことなど連絡していたが、面会に来るなんてひと言もなかったので驚いた。
お茶やプリン、そしてずっと飲みたかったコーヒー。差し入れてくれた。
先日のライブの話や、今後の活動について話をする。
とても暑い。
ただ暑いというか、段々と嫌な汗に変わってきている気がした。
途中、O先生が来た。喉元の違和感と胸の苦しさがあることを伝える。
食道付近に熱が伝わっているから、喉には違和感があるかもしれない。一応胃薬を出してくれるとのこと。
胸の苦しさはまあ、胸の中が火傷をしている状態なのでもうしばらく我慢。
発熱も一過性のものかもしれないし血液検査で炎症の値も異常がなった。
ただし、明日までに熱が下がらない・下がる傾向になかったら退院はさせられないとのこと。明日の午前中に決めましょう、と。
小一時間話をしてYさんは帰っていった。
そのタイミングでトイレに立つ。
「あれっ、来てたの?」
病室の前のデイルームに両親が座っていた。Yさんと話し込んでいたので、邪魔せずデイルームで待っていたそうだ。
「ちょっとトイレ行ってくるから」
そう言って慌ててトイレに向かうと背後から父の声。
「おい、もう歩いてるよ」
心臓の手術という大掛かりなタイトルと、手術時間の延長もあって、まさか歩けるとは思っていなかったらしい。
歩けば傷口は痛むし、胸の違和感もあるが、ご飯も食べられるし座ってられるし、どうってことないよ。と親には平気さをアピールする。
ただ、熱が下がらないという事実は明日の退院を左右するので、それは正直に伝えることにした。退院できなければ連絡するよ、と。
デイルームは携帯での通話がOK。とはいえ随分でかい声で男性が長電話をしていた。その声の大きさに私の声が消されてしまう。
そこで気づいた。
大きな声が出せない。
大きく息を吸い込むと胸が痛むのだ。
うまく言えないが、胸の中に吸い込める空気量の上限が10だとすると、吸い込む前にすでに6ぐらい空気が詰まっていて、4吸い込んだだけでパンパンになるイメージ。
吐き出すことはできても、吸い込むのが苦しい。
孫たちと食べて、とゼリーを4つ置いていった。
夕飯の時間が近づくと、家族が面会に来た。病室は面会者で騒がしかったので、デイルームに避難する。
親が持って来てくれたゼリーを食べながら、状況説明。退院できるかわからない。
息子らはなぜか1人1セットのトランプを持ってきている。
長男はすでに箱から出して「ババ抜き」なんて言い始める。
「いや、今は無理だ、許せ」
入院するときに、大した手術じゃないってことを説明していたから、母がダメージを食らってるとは思わなかったのだろう。
夕飯が運ばれてきたので、食べ終わったらまた来ると告げて部屋に戻る。
室内の面会の声を聞いていると、一人きりで食べる夕飯は少し味気なく感じる。
入院して初めてテレビをつけた。どうでもいい番組を流しながらカレーを食べる。
- ご飯
- カレー
- キャベツのサラダ
- オレンジ2/8
- らっきょう、福神漬
すぐに家族が病室に入ってきた。お前ら暇かよ!
面会者の椅子は1つしかなく、次男はベッドに座り、私のカレーをじぃっと見つめるのだった。
やむなく、Yさんからもらった差し入れの中からジュースを配る。学校でのことを色々話してくれた。ほんの数日とは言え、話したいことは沢山あったらしい。
今日が芋掘り遠足で、電車賃の集金があるということを数日前に話しておいて欲しかったよ私は(入院当日、担任から未払いの電話がきた)。
マナーモードが基本〜堪忍袋ごと切った〜
隣のベッドに移動してきた女性は、数日前に退院したばかりらしく、その時は個室だったらしい。
「大部屋はイライラする」「せめて窓際が良かった」「個室はいつ空くのか」
入室時から文句たらたら。飲み物が欲しい、と看護師に頼むのは分からんでもない。ベッドから動けないからね。売店に買いに行く時間がとれないから水道水でもいいか?と看護師に言われた女性。
「あたくしの家には凄くいい浄水器を入れてるの。だから水道水は飲まないのよ」
看護師が絶句した一瞬を感じる。
お茶の銘柄は伊右衛門指定。面会者が後でくるというのだから、面会者に頼めばいい。さっきから着信音が鳴ってるその携帯でメールでもして頼めばいい。
結局看護師さんが時間を作ってお茶を買いに行くことに。
「じゃ、お金はこれで」
「あの、もう売店閉まってるし、自動販売機は一万円札使えないんです」
着信音が鳴っているのはね、面会時間中なら百歩譲って仕方がないかと。すぐに切ればいいよ。でもね。
堂々と電話に出るわけですよ。
声量は極めてでかい。
「あたくし今病院にいますので、ごめんなさいね」
だったら出ないでよ💢
切ってよ。マナー違反だよ。
面会に来た娘さんらしき方。やはりその方も着信音を消さないタイプでね、電話にも出てしまうんですよ。
すぐ目の前にデイルームがあるのにね。
面会時間が終わると、すぐにみなさん寝に入る。寝息が聞こえてくる。私も今日は面会者がいたせいか凄く疲れてしまって、すぐに眠りたかった。なのに。
着信音が鳴る。電話に出る。
相手はお友だちだったらしく入院の経緯まで話す始末。
そしてガラケー特有のクレードルに携帯を戻すたびに音がなる。クレードルから外すたびに音がなる。
時間を確認してるのか、何度もクレードルから抜き差しするもんだから、その度に音がする。
消灯まで待とう、消灯まで……。
消灯時間を過ぎても着信音が鳴る。
ちょうど様子を見にきた看護師さんにそのことを伝えたのだが、分かりました〜と言うだけで何も対応をしない様子。なので着信音は容赦ない。
眠れないらしく、テレビがついた。イヤフォンを差し込む前にテレビをつけるので、しばらくはテレビの音が垂れ流される。この夜だけで2回。
いい加減にしろ💢
でも直接苦情を言うのはトラブルの元かもしれない。トイレに行くついでに、担当の看護師さんを捕まえて、困っていると伝えた。
トイレから戻ったときに看護師さんが対応をしてくださっているところで、ひと安心。
入院中にイライラしたのはこの一件だけで、とても残念だった。