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本を買ったはいいが、部屋の隅に積んであるだけで読まないことを「積ん読」と呼ぶそうです。

私にとって「場面設定類語辞典」は積ん読ではないのですが、斜め読みして「うん、それほどでも」と一度は閉じてしまった本なのであります。

なぜ「場面設定類語辞典」を購入したのか

簡単に言ってしまうと「ツイッターで見て面白そうだと思ったから」です。

この本の紹介ツイートより前に「感情類語辞典」の紹介ツイートが流れてきました。それを見たときは「誰かが考えた!感情表現なんて!使ってやるもんか!」と思ったわけです。

だけどまあ、正直なところ、気になったんですよ。感情を表現する言葉として、どんなものが正しいんだろうかと。私が使っている表現は実はものすごく的外れで、奇をてらっているだけなのではないかとね。その後「場面設定類語辞典」のツイートも見て、とりあえず本屋さんに行ってみました。

「感情類語辞典」は置いていなくて、「場面設定類語辞典」は在庫がありました。この本で人を撲殺できるなと思うぐらいの厚みがあります。584ページです。価格は3,000円でした。パラパラっとめくってみたところ……。

「刑務所の独房」「タトゥースタジオ」

えー!それ自分の小説の中で使う?!使わないね?!絶対使わないですけど!

だから欲しくなったのです。知らないから使わない。知っていれば使える。知らない場面設定を知ることによって、表現の引き出しが増えると思い、購入に至りました。

こうした辞典を使っているアマ作家さん多数

二次創作のお仲間の中には「感情類語辞典持ってる!これいいよね!」と言っている方がいましたし、知り合いのハイレベルアマチュア作家さんは「官能表現辞典を参考にしています」とおっしゃっていました。へー、皆さんこういう辞典を参考にしてるのか。期待は膨らむばかり。

「場面設定類語辞典」の基礎設定の基礎のなさが凄い

郊外編と都市編に分けられていて、郊外編は基礎設定、学校、自然と地形の3種類、都市編は基礎設定、小売店、飲食店、交通機関・施設の3種類に大別されています。

この中の「基礎設定」が、基礎と呼ぶにはあまりにもぶっ飛んでいて、のっけから楽しんでしまいました。例えば郊外編の基礎設定のトップが「アーチェリー場」。これって基礎なのかい!あとは「屠畜場」とか「サマーキャンプ」「剥製工房」。うーん、外国の郊外だね、これは。

都市編だと「住居禁止のアパート」「モーテル」。モーテルって郊外じゃないの?海外の映画だとちょっと薄暗くて開けた場所にあるイメージですが。B級ホラーに出てきそうな感じ?ええと、キラーコンドームとか。

キラーコンドーム [DVD]

一場面に対してとにかく情報量が多い

例えば「屠畜場」。この一場面に対して、そこで見えるもの、聴こえるもの、匂い、味、質感とそこから受ける感覚、物語が展開する状況や出来事、登場人物が細かく記載されています。

とにかく細かい表現の数々

○質感とそこから受ける感覚

  • 牛の尻尾にはたかれる
  • ずっしりと重い屠体を押し動かそうとする
  • 毛焼き設備から出る熱
出典:場面設定類語辞典

毛焼き設備ってなんだ……。牛の尻尾にはたかれた次は、屠体……。いや、確かにそうですよね、あるある。想像上の屠畜場には「あるある」な光景ですね。だけど「毛焼き設備」は知りませんでした。

○物語が展開する状況や出来事

  • 一日中同じ作業をしている単調さのせいでミスが発生する
  • つまらないあら探しをする検査員によって頻繁に検査される
  • 血を見ると不安な気持ちになる
出典:場面設定類語辞典

不安な気持ちになる……アレですよね、色相が濁るってやつですよね。ほら、ノイタミナの。

PSYCHO-PASS Complete Original Soundtrack

「対象の脅威判定が更新されました。執行モード、デストロイ・デコンポーザー。対象を完全排除します。ご注意ください」

PSYCHO-PASS!!血を見るときっと色相が濁って、犯罪係数が上がるんです。そうか、屠畜場を舞台にしたPSYCHO-PASS二次創(終わり)。

これ、一例です。もっともっと沢山書かれています。屠畜場なんて、そうそう足を踏み入れる場所ではありませんが、この本に書かれている場面設定を読むと「あー、分かる。匂いね。分かる分かる」となぜか自分がその場所にいるかのような気分になってくるのです。小説じゃないんですよ?箇条書きですよ?スゴイなあ(語彙力が足りません)。

ここまで読んでいて疑問に思った方がいるかもしれません。「類語」辞典だよね?類語どこ行った?と。

屠畜場には味があります

それぞれの場面に「味」という項目があるわけですが、屠畜場の「味」とは何でしょうか。まさか牛ヒレステーキではないですよね。新鮮さを活かしたユッケでもありませんね。

設定の中には、登場人物がその場面に持ち込むもの(チューイングガム、ミント、煙草といったもの)以外に関連する味覚というものが特にない場合もある。特定の味覚がほとんど登場しないこのような場面では、ほかの4つの感覚を用いた描写に専念するのがよいだろう。

出典:場面設定類語辞典

正直申し上げて「屠畜場でガムが噛んでる描写ってめちゃめちゃおもしろいじゃんか!」と五万回ツッコミ入れたくなりました。想像してみてください。メジャーリーガーもガム噛んでるじゃないですか。ガムを噛むと集中力が高まるって言います。単調な作業が続く屠畜場、ガム噛みながら仕事している人が思い浮かびますね。私なんて名札に「アレックス」「トニー」って書いてあるところまで想像できました。

屠畜場には味があります!(スタッ◯細胞風に)

場面設定だけでなくTips要素まで

もちろん、私たちがよく訪れる場所、見たことがある光景も記載されています。使い古された表現も掲載されています。その場合、新しい発見は少ないかもしれませんね。しかし「表現」や「場面」だけが網羅されているわけではないのです。それが本書のスゴイところ。

私が感動したのは「設定の注意点とヒント」「例文」です。

設定の注意点とヒントが的を射すぎ

このセクションは、特定の場面設定を用いる場合に、こんなバリエーションがあるよ、こんなときはこういう描写を入れるといいよ、この場所はこういう使われ方もするよ、などといったことが書かれています。例外とか、描き方のコツですね。類語(どこが類語なのか分からない)を使うときに、そのまま丸パクリするのではなく、どう活かしたら生き生きとした場面が描けるのか、教えてくれます。

図書館について引用してみましょう。

また、図書館は非営利団体にも人気のある場所で、地域のためにさまざまな社交プログラムが開催されるため、登場人物が友人やライバルと遭遇するのにも適した環境である。

出典:場面設定類語辞典

いやあ、その着眼点はなかった……。図書館で友人と遭遇するのは一般的ですが、ライバルと遭遇するのに「適した環境」だと思ったことはなかったですね。でも確かに、同じ目的の人が気軽に集まるセミナーや勉強会、やってますもんね。それならライバルとばったり遭遇ということはあり得る。

続いて更衣室。

ここに、人前で着替えるという傷つきやすい状況も加わるため、自然と物語を展開する状況や出来事が生まれる設定になる。

出典:場面設定類語辞典

傷つきやすい状況!ほうほう、そうですね。誰もが完璧ではありませんものね。コンプレックスの塊みたいな人間もいますもんね(私だよ)。「着替える場所」ではなく、他人の目が気になりやすいとか、誰もが自分を見ているような気がするとか、考え始めると止まりませんね。

例文が「ビバリーヒルズ高校白書」っぽくて面白い

例文は、アメリカの景色を彷彿とさせます。「ビバリーヒルズ高校白書」のようなイメージです。著者のアンジェラ・アッカーマンさんはカナダの方ですが、北米大陸ということで許してください。

ではでは、クルーズ船の例文を引用してみます。

雨で塩気を含んだ風が何かどう猛なものを吐きだし、私の髪の毛は絡まって身体がよろめいた。一歩も引くまいと金属の手すりにしがみつきながら、私はくしゃくしゃになったブラッドリーの別れの手紙を海に放り投げた。

出典:場面設定類語辞典

いつだったか小説教室のログを読んだんですが、おそらくこれだけ書き込んでると「要らない」って言う編集さんもいるはず。でも私は大好きです。悪天候とブラッドリーの心の中とを、こう、うまく絡めていく描写、大好きです。

例文だからかもしれませんが、本当に細かく描写されています。盛り込みすぎている感じはありますが、それを全て読んでいくと何かしら得られるものはあると思います。

「はじめに」だけでかなり勉強になってしまうが立ち読みできないボリューム

「はじめに」だけで48ページあります。でもこの48ページを読むだけで、今までの自分の書き方のどこかしらを修正しようと思えます。

場面設定がなぜ重要なのか。適切な場面設定をすると登場人物に葛藤が生まれる、つまり感情の動きが生まれるってことらしいですよ。交通渋滞でイライラしたり、嫌な思いをした場所がトラウマになったり、悪天候で憂鬱になったり。当たり前のように書いているこれらにも、しっかりとした意味があって、何かしらの役目を果たしているのだと分かります。

もう一つ、思わず「ふあああ」と声をだしてしまったのが、設定の深め方。「霧が深くて寒い午後」という1行に満たない下書きを、比喩表現などで膨らませていくと10行になるんですよ。どちらも霧が深くて寒い午後なんだけど、温度や質感が感じられるのは断然後者。これも当たり前のようにやっていることですが、こんなふうにビフォー・アフターを提示されると「ふあああ」と言ってしまいます。

使うか使わないかはアナタ次第の豪華4大付録つき!

蛍光ペン

巻末には、設定上手になるためのエクササイズページや、プランツールなどがついています。執筆するたびに、設定が変わるたびに書いていたら時間を食うだけですが、トレーニングとしてちょいと使ってみると面白いかもしれません。

私は使っておらず目を通しただけですが、それでも「ああ、ここがこうなら、こっちがこうなって」とイメトレできますのでぜひご利用ください。

積ん読になったと言っていたはずですが

本

実際、ほぼ積ん読です。というのも、執筆する際には自分の頭の中に湧いた表現を使いたいのです。比喩表現辞典なんかにありそうな比喩ではなく、村上春樹氏のような「ずいぶん遠いところからいらっしゃいましたね」って思うこじつけ比喩表現のほうが好きなのです。そのほうが、よりリアルだから。読む方に「あー分かるー」って思って欲しいから。そのためには、自分の言葉じゃないと、だめだなと常々思っています。

しかし「場面設定類語辞典」は、自分が知らない場面設定を事細かに知ることができます。小説を書くにあたって、ありきたりな場所ではない目新しい場所を舞台として書きたいのなら、非常に役立ちます。

とある出版社の方に小説を何本か読んでいただく機会があったのですが、「前作も理系の女性が主人公でしたが、たまには別の職種も」と突っ込まれたことがあります。どうしても自分が得意な視点、知っている視点から書きがちなのではないでしょうか。

「場面設定類語辞典」をざっと読むと、次は屠畜場を舞台にしてみようとか、軍用ヘリコプターを飛ばしてみようとか、今までよりもずっと世界が広がると思います。

辞典として使おうとせず、ちょっと文字多すぎの雑誌としてパラパラ眺めるぐらいがちょうどいい、「類語」の定義が分からなくなる「場面設定類語辞典」をご紹介しました。

S.Nakayama

一帖半執筆工房代表。 WEBコンサル・マーケ企業のフリーランスPMとして計9サイトの運営を指揮。DigitalCameraWorldの認定フォトグラファー。 現在は2社5メディアの進行管理をしながら文章校閲・校正者・ライターとしても活動中。