幕末、特に幕府サイドのストーリーが大好きです。 幕府側といえば代表的なのが新選組ですが、他にも戊辰戦争、特に松平容保を守るべく立ち上がった会津の人々の小説も好きで、いくつか読みました。
結果的に彼らは賊軍と呼ばれ敗北するわけですが、ただ負けるだけで終わらない、人間としての誇りを最後まで捨てずに戦い続ける姿がとにかく素敵であり、同時に胸が痛みました。
今回取り上げるのは「幕末といえば」の後に必ず続く言葉であろう新選組隊士のひとり、天賦の才能を持った剣士・沖田総司を描いた「総司はひとり」です。
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沖田総司という一人の男性が描かれた「総司はひとり」
著者は戸部新十郎。1990年5月に徳間文庫から刊行されました。こちらは2002年、中公文庫から発行されたバージョンですね。
沖田総司は周囲の隊士と比較して若年でしたが、剣の腕はピカイチ。というわけで一番隊隊長として歴史的な事件に幾度も登場します。
この小説でも、史実に基づいた数々の事件が描かれていますが、今回はそうした「どの新選組小説にも書いてあるよね」的な流れは置いておいて、「総司はひとり」の中で沖田総司という一人の男性として生きる彼の姿に着目したいと思います。
※一個人の感想であり、小説と史実が行き来していますがご了承ください。
神保仙左衛門との出会いが与えた影響
まだ浪士として京都に行くより以前。天然理心流の道場に食客が集まっていた頃ですね。道場に行く道すがら、沖田は神保仙左衛門という男と出会います。人を斬ったことなんてない沖田ですが、「やっべーの来たァ……」と思うぐらいのオーラを仙左衛門は持っていました。
しかし彼らは一度も剣を交えることはありませんでした。
仇討たれの仙左衛門が待っていたもの
仙左衛門は、里見織部という男性に仇討ちされるのを待っていました。やっと討ちに来てくれたか、と思ったら里見織部ではなくその姉(とモブ)!姉、つまり女をめぐってのいざこざがあり、いずれ追手である里見織部が来て討たれるのだろうと思っていたのです。
しかしその姿はなく、姉は剣を握ってはいるものの、殺意が見えない。その光景を沖田は眺めていました。
沖田は年上の人たちとばかり交流していたので、男女の何やかやは身近なものだったのだと思います。しかし、そこに仇討ちという人生かけた一大イベント的なものが絡むのはこれが初めてだったのではないでしょうか。
そうか、大人の恋愛のドロドロを突き詰めていくと、殺したい人、殺されたい人が生まれるのか、なんて思ったかもしれません。
「おれがあんなに美しい人の弟に似ているわけがない」
総司はこういって、唐突に笑った。
「なにがおかしい」
「不倫の匂いがする……」
「なに」
と、仙左衛門はたしかめるように、小首をかしげた。
不倫の匂いって、何だ?それはともかく、総司は「恋愛のタブー」のこともよく知っています。仙左衛門と織部の姉との仲を「不倫臭い」と言ってのけました。まるで男性版の耳年増みたいですね、沖田くん。
そして、彼にとっての初めてが、もう一つ。
沖田総司の「ハジメテ」
この頃、近藤勇も土方歳三も人を斬ったことがありませんでした。彼らは道場を訪れた沖田を見て言います。
「むかし、お互いにどちらかが先に女を抱くかと競い合ったことがあったっけ。はじめはだれでも逡巡するもんだ。それに機会というやつがある。うろうろしている間に、年若のとんでもないやつが、先にお祭りをすませやがった、ということになればどうですね?」
「お祭りか」
「そう、男の血祭り」
「まさか」
土方は、人を斬るのに必要な「明快さ」が沖田に備わったと感じ、近藤に意見を求めました。そうです、沖田は仙左衛門の一件で、偶然目の前に突っ込んできたモブを斬り殺しました。初めての人斬りです(史実は分かりませんが)。
近藤も土方も女を抱くことに関してはリードしていますが、誰にも負けたくない「剣」では沖田に先を越されてしまったということです。
ハジメテを報告しなかった理由?
それにしても、人を斬ったということを一切報告しない沖田、クールですね。沖田は近藤に非常に懐いていたようですから、いの一番に報告しても良さそうなものです。
モブを斬ったことの善悪は考えず、実は斬ったと打ち明けられるのは近藤さんだけのように思ったのですが。
心の独り立ち
沖田は刀を振り落とした瞬間から、一端の剣士になったということでしょうか。それを自覚したうえで、喜々と喜ぶことではないし、これから先数え切れないほどの人を斬る予感もあったのでしょうか。
そして人を斬るのは人対人。誰がに守ってもらいながらの人斬りは現実的ではありません。つまり、人を斬った瞬間から沖田の精神は、近藤たちの元を離れたのではないでしょうか。
報告してもらえなかった二人
可愛がっていた沖田が「ハジメテ」を報告してくれなかった!キーッ!と思ったかどうかは知りません。でも、本当に可愛がっていたのだなと感じます。
沖田は初めての人斬りを報告しなかった。だけど土方はいち早く気づいたわけです。それは日頃から目をかけて可愛がっていた証拠。沖田と土方は小競り合いが絶えなかったようですが、それでも土方は沖田を弟のように感じていたのでしょう。
一方近藤は気づかなかった!残念!しかし土方の考察を聞いて「受け入れたくない」とばかりに頭を振りました。こちらは自身の息子のように思っていますから「先を越された」というよりも「人を斬るような経験をさせてしまった」という後悔に近いのかなと感じます。
仙左衛門の予言が当たりすぎて怖い
仙左衛門は試衛館のメンバーと軽い手合わせをして、食事をともにしました。そこで彼は沖田の今後についてとある予言をしました。
仙左衛門の忠告
「お説教ですか」
「いや、聞きたかっただけだ。ただし、忠告だけはしておく」
「なんですか」
「若い自分、あまりこれに精出すと、労咳になる」
と、仙左衛門は人差指を、ちょんちょんと振った。竹刀打ちの恰好である。
沖田の太刀筋を見た仙左衛門は「こいつはこれから更に剣を振るい、人を斬るだろう」と予感したのではないでしょうか。しかし沖田は誰が見ても痩躯。いかにもか弱い男子といった見た目なのです。ですから、人を斬り続ければ体に負担がかかり免疫力が低下、その頃流行病でもあった労咳になるよ、と忠告したのです。これは沖田への忠告であり、また近藤への忠告でもありました。
これを聞いた近藤は「総司は大丈夫だ」となぜか自信満々に言いました。そりゃそうです、人を斬った瞬間を見ていないのですから。近藤は自分の剣を道場剣術で終わらせたいという気持ちではなかったと思いますが、少なくとも沖田を過酷な世界に連れて行く気は毛頭なかったのでしょう。
ちなみに沖田自身は、自分が労咳にかかりやすい体質なのかもしれないと思っています。汗が出にくいのが特徴なんだとか。ですから汗まみれになった原田左之助に少し憧れてみたり。
仙左衛門は空気を読んだ
仙左衛門の人差指は、竹刀を振る真似でした。しかし彼が表現したかったのは竹刀打ちではなく真剣打ちだったはずです。恐らく、場の空気から沖田が人を殺めた事実をだれも知らないと踏んだのでしょう。だから「人斬りは控えめに」というようなリアリティ溢れる言葉を使わなかったのではないでしょうか。仙左衛門、カッコいい……。
しかもですよ、自分の忠告では「剣術の稽古のし過ぎはNGだよ」という軽さで近藤に伝わっていると判断したのです。沖田の強さを知っている近藤は、いくら痩躯とはいえ多少オーバーワークしたぐらいでへばるヤツじゃないっすよ、と思っています。そうじゃないんだ、近藤さんよぉ!
というわけで仙左衛門はご丁寧にも「精神が過敏な人も危ないよ」と別の観点から忠告してくれました。しかも、過敏→熱が出る→興奮→血が見たい→剣を振るう→熱が出る、という構図まで説明。
沖田と仙左衛門は偶然出会っただけの仲です。どちらかが忘れ物を取りに引き返していたら出会わなかったかもしれません。偶然出会い、沖田の剣を見たのは一度きりの仙左衛門。それでも沖田の剣に仙左衛門は魅了され、同時に沖田の今後を憂いたのです。
きっと時代の流れに巻き込まれる剣士になるのだろうという期待と、巻き込まれながら消えていくのではないかという不安。誰よりも早く気づいたのでした。
みきという女性
仙左衛門に会いに行くと、石蹴りをして遊ぶ子どもたちのそばに14〜15歳ぐらいの女性がいました。「みき」です。
いつも悲しそうな目をしているみきに、ちょっとした遊び道具を持っていったりしていた沖田ですが、浪士として京に上ることが決まりました。沖田はみきに一目惚れしたというより「興味が惹かれた」という表現が適切ですね。悲しそうな瞳に惹かれてしまったのです。
とはいえ、京に上るに際して悲しい別れとなるほど深い関係にはなっていません。仙左衛門はみきに「はなむけ」の品を持たせ、みき自身も仙左衛門と織部の姉(復縁かい!)とともにどこかに向かうのだと言いました。
淡い恋心を抱えたまま男女のアレコレを目にする沖田
新選組隊士として京で暮らし始めた沖田。望んでもいないのに男女のアレコレを目にする機会やそれについて考える機会が増えていったようです。
翻弄される女性たち
京に上った沖田は、偶然にも男女の交わり@屋外に遭遇していまいます。彼はウブなアンチクショーではありませんから、驚いたもののすぐに冷静さを取り戻しました。が、大人の世界で生きている彼はこうした男女の恋愛事情を嫌という程見せつけられるのです。
ちなみにこの男女の片方は武士であり、この後斬り合いになります。小説の記載の中では女性は殺されていませんが(沖田が殺さず残した)、その後どうなったのかは分かりません。
例えば芹沢鴨。史実でも有名な「うめ」という女性を囲っていました。芹沢鴨一派を暗殺したときも、彼らは女を連れ込んで眠っていたわけです。そして、男の運命に引きずられるかのように、うめも殺されてしまいました。
そしてもう一つ、直接的な「男女の云々」ではありませんが……。新選組から逃亡した山南敬助の追手として沖田が差し向けられたのは有名です。沖田の説得で戻ってきた山南は、沖田の介錯で切腹。その時、永倉新八が山南のイイヒトだった明里をその場に呼んだと言われています。
山南は、屯所の移転問題が発端で脱走したとされていますが、うまく逃げ切れた暁には明里を呼びたかったのではないでしょうか。愛する男性が自害する直前、明里はただただ別れを告げることしかできませんでした。(ただしこれは史実ではないという見解もあり)
男女の生き様から沖田は何を思ったか
沖田が見てきた男女のアレコレは、そのほとんどが「男性の運命に引きずられる女性」という形です。時代的に男尊女卑がはびこっているような世の中でしたし、男性を支える・立てるのが女性の役割だったのだから当然かも知れません。それにしたって、女性たち、不幸すぎない?と沖田は思ったのかもしれませんね。
これが「総司はひとり」に繋がるのではないか、と踏みました。
みきとの再会と自分本意な別れ
実はみきもまた、京に上っていました。夜空の下でくんずほぐれつしていた武士たちを斬った後、沖田は血を浴びたまま走り、労咳の症状で倒れてしまいます。行き倒れていた彼を助けたのが、みきでした。
一閑とみきの間に何があったのか
仙左衛門はみきを「一閑」という医師のもとに預けました。実は一閑は新選組と敵対する立場にありました。そこで沖田は一閑殺しの任務につきます。一方一閑は沖田殺害を仙左衛門に依頼しました。みきを使えば沖田を簡単におびき出すことができる、という一閑のアドバイスもありました。しかし仙左衛門は沖田を斬らず、沖田は一閑の元へ。
「もう、京はいやです」
こういって、本当に涙ぐむ。
いくぶん屈んだ風情は、それ自体でなにかを訴えている。そのしないだ可憐な体に、ふっとのしかかるような一閑の大柄な姿が浮かんだ。
留守を守っていたみきは、京都から離れたいと言います。その理由を沖田は一閑にあるのだと踏みました。その後帰ってきた一閑を殺害しますが、それは新選組一番隊隊長としての任務であると同時に、みきに恋をした沖田総司としての憤りからの殺意も含まれていたのではないかと感じます。
今まで、男の運命に翻弄される女性を何人も見てきた沖田は、みきの人生が一閑のせいでめちゃくちゃにされるのは嫌だったのではないでしょうか。
一閑の元で暮らしていたみきは行き場を失いましたが、仙左衛門は東山に居を構えていることを知っていた沖田。そこへ行くようにと勧めました。
みきはどこへ?
東山に行けとは言ったものの、実際そこに行って平和に暮らしているのか確認せずにはいられなくなった沖田は、東山に向かいました。池田屋事件の後です。ということは、すでに労咳が喀血の症状となってでている頃ですね。
平和でいて欲しい。その思いは、一閑殺害の前に仙左衛門と交わした会話の中に発端がありました。みきは織部と結婚することになっている、と仙左衛門から聞いたのです。織部は賭博に手を染めてはいるものの、武士のように明日をも知れない人と結ばれるよりは幸せになれるだろうと、沖田は考えていたのではないでしょうか。
しかし、辿り着いた場所には朽ちた小屋しかなく、みきと仙左衛門、そしてふさ(織部の姉)の姿はありませんでした。
再会、別れ
沖田の労咳治療のために「六角」という名医を探し出した土方。その医者に会いに行った先には、蛤御門の変で傷ついた武士たちが次々と運び込まれていて、野戦病院の様相を呈していました。六角だけでは手が足りず、手当を手伝う女性の姿も。そこにいたのが、みきでした。
みきは、沖田に気づかないまま手当を続けています。沖田は、その場を去りました。
「こなければよかったな」
歳三がぽつりといった。歳三のこんな悔恨じみた口調は似合わない。
「いいですよ、もう」
総司は笑って見せた。
土方は沖田の恋心を知っています。そして沖田の労咳ももちろん知っています。労咳の身でありながら、みきを自分のものにしたいなんて沖田が思うわけがない、とも思っているのでしょう。みきのことは自然に忘れるだろうと思っていた矢先、こんな偶然が起きてしまったのです。土方、申し訳無さそうですね。
沖田の最期
沖田の容態は芳しく無く、戦線を離脱して千駄ヶ谷の植木屋で療養を始めます。
軸が崩れた瞬間
町中で遭遇した騒ぎの渦中にいたのは仙左衛門と織部でした。ついに織部は仇討ちに出たのです。もちろん、その場にはふさもいます。仙左衛門は織部に討たれる覚悟ができているのだと言い続けていました。沖田の目には、討たれるのを楽しみに待っているかのように見えていました。
しかし織部が刀を振りかざした瞬間、仙左衛門は織部を斬ってしまったのです。仙左衛門はうろたえ、沖田が声を掛けると更に狼狽してその場を走り去ってしまいました。
死を覚悟しながら、仇討ちの原因となった女性とともに生き続けた仙左衛門。沖田にとって憧れに近い存在だったのではないでしょうか。沖田も死を覚悟しながら、懸命に生きていました。それは仙左衛門との出会いがあり、仙左衛門の生き様を知ったからなのです。
しかしいざ仇討ちに遭った瞬間、生への執着を目の当たりにしてしまった沖田は、今まで胸の中にあった何かがごっそりと抜け落ちてしまったような感覚に陥りました。その場に取り残されたふさの表情もまた、沖田に「男女のアレコレ」を思い出させたことでしょう。
黒猫も仕留められないまま
仙左衛門と出会う直前、沖田は一匹の猫を目にしています。まるでその猫がそのまま人間になったかのようにボワッと表れたのが仙左衛門だったのです。
病に伏せる沖田は刀を持ち、庭に出ました。そこにいた一匹の猫。斬ってやろうかと刀を振りかぶりますが、斬れません。そのまま猫は去っていきました。そしてその日の夕方、彼は息を引き取ったのです。
「総司はひとり」総まとめ
ダラダラと長くなってしまいましたが、最終的に読み取ったのは2点。
男に翻弄される女にしたくない
みきが目の前にいるにもかかわらず声をかけず、そのまま別れてしまったのは「労咳だから」ではないのでしょう。おそらく、幾度も見てきた「男の運命に翻弄される女」の中にみきを入れたくなかったのだと思います。新選組隊士として日々血を見ている沖田の嫁にでもなってしまえば、幸せな最期を迎えることができなくなります(その可能性が高くなる、という意味で)。
誰かのために甲斐甲斐しく働くみきの姿を見て、それは自分のためであってはならないと思ったし、幸せにならなきゃいけない人だとも思ったはずです。
だから彼は、ひとりを選びました。芹沢のように女に寄り添ってもらわず、山南のように別れの言葉をかけてもらわず、好きな女性の幸せを願ってひとりを選んだのです。
情けない面を垣間見てもなお人生を変えた人でしかない
庭の猫を斬れなかったのは、腕が落ちたせいではないのでしょう。斬ろうと思えば斬れた。けれどあの日の猫の姿、仙左衛門の姿が重なってしまい、斬れなかったのです。
仇討ちを待ちながらも生きたいという本性をさらけ出し、みっともなく消えていった仙左衛門であっても、沖田の人生を変え、沖田の心の中の芯のような存在だったことに間違いはないのです。
「婆さん、おれにぁ斬れねえよ」
総司は刀を持つ手をだらりと下げ、少し、笑った。
その夕暮れ、総司は死んだ。ただ、ひとり。
いつでも弱さを見せないまま駆け抜けてきた沖田総司。その強さを支えていた仙左衛門。でも、強いばかりの人間なんていません。仙左衛門の情けなさは「人間らしさ」。それを認めて、総司は死んでいきました。